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義務教育は馬鹿げている!? ―学校という名の奴隷養成所

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現代では誰しも義務教育として、学校という施設に通わされます。義務教育は親が子供に受けさせなければならない制度だからです。

義務教育(ぎむきょういく, Compulsory education)とは国・政府(中央政府・地方政府)、人(国民・保護者など)などが子供に受けさせなければならない教育のことである。義務教育の制度は、多くの国において普及している制度であるものの、国ごとに制度の仕組みは異なる。

出典:義務教育-Wikipedia

日本では憲法第26条に「普通教育を受けされる義務」を定めています。

すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

出典:日本国憲法第26条第2項

こうして子供たちは義務教育を負わされ、学校に行くハメになります。

その結果、多くの子供が同じ時間に起きることや暗記という単調作業によって長時間拘束されること、そして周囲との協調を強制されるという地獄のような生活を送ることになります。

最悪の場合、トラウマを抱えてアダルトチルドレンになったり、精神を消耗し自ら命を絶つことさえあります。義務教育は悪影響でしかありません。

なぜ義務教育はこんなにもクソなのか?

この記事では義務教育の問題点について考えていきます。

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義務教育で学ぶことの99%は役に立たない

学校で習うことの99%(読み書きと四則演算以外)は社会に出ても役に立ちません。残りの1%も自分で習得できる範囲であり、学校である必要性がありません。

宿題や居残りも無駄な拘束でしかない。一部の地域においては、朝課外というのもあるようです。

朝課外(あさかがい)とは、主に九州地方(特に福岡県)の高等学校における早朝の課外授業のことである。

公立/私立問わず大半の高校で実施されており、1時間目、1時限目の授業に先立って行われることから、高校によっては「0時間目」、「0時限目」などと称すこともある。

出典:朝課外-Wikipedia

こういったものによって、学生生徒たちは無意味な時間を過ごすハメになり苦しみます。

義務教育の目的は学習することではなく、精神論とか根性論といった類の押し付けでしかないのです。

いじめや教師の不祥事は絶えない

生活指導部長を務める40歳代の男性教諭が授業中に1年の男子生徒の顔などを蹴り、額を8針縫うけがを負わせるという事件が発生。

男性教諭は、多目的教室で行われた総合学習の時間、生徒がパーティションで区切られた隣の部屋をしゃがんでのぞいていたことに立腹。「おい」とどなり、生徒の腹部と顔を1回ずつ蹴ったという。生徒の眼鏡が破損し、額から出血して病院に運ばれるという事態に。

出典:教師が生徒の顔蹴り、額8針縫うケガ 体罰の理由に「やりすぎ」と怒号-niftyニュース

いじめや教師の不祥事は未だ絶えず、多くの学生生徒が精神を消耗しています。

学校ではクラスを自分で選べません。教師も同級生もランダム。不可抗力です。どちらか一方がクソなだけでも理不尽な目に遭います。地獄のような学校生活を送ることになるでしょう。

長く拘束されるだけでなく、人間関係も選べず閉じ込められるというクソです。

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日本の義務教育は無償ではない

義務教育は、これを無償とする。

出典:日本国憲法第26条 第2項(一部)

すべて人は、教育を受ける権利を有する。教育は、少なくとも初等の及び基礎的の段階においては、無償でなければならない。初等教育は、義務的でなければならない。

出典:世界人権宣言 第26条

上記のように義務教育は無償と定められています。

しかし、日本の義務教育は給食費はもちろん、修学旅行といった行事費も徴収されます。一つ一つとしての金銭的負担としては大きくないのでしょうが、全て合計すれば馬鹿にならない額です。

家庭の養育費でさえ膨大なのに、さらに徴収されてしまいます。こうした面から、結婚離れに拍車がかかっているのでしょう。法に明確に定められているのだから、無償なのが当然なのです。

終わりに:義務教育は洗脳である

義務教育の目的は民衆の能力を養うことではなく、社会に従順であるように洗脳し大衆化させることです。そのうえ、お金まで徴収されます。義務教育は国家が民衆を操るための制度でしかありません。

義務教育によって奴隷根性が伝染していき、民衆は大衆化されます。その結果、大衆がわらわらと沸いてきます。まるでゾンビのようです。

もちろん、他人に配慮したり協調していくことは生きていく上で大切なことです。しかしながら、社会の常識に従っていくことが全てでしょうか?レールから脱線し自分の意思で生きていくことは悪なのでしょうか?

答えは否です。自らの意思を持って、生きたいように生きるのは当然のことです。自分の人生なのだから。

社会の常識に囚われず自分の意思で生きることこそ人間らしいと言えます。そうしたい人にとって義務教育は邪魔なものでしかありません。わたしたちに義務教育は不要なのです。必要だとすれば、様々な生き方を選べるように制度の根本から改革するしかありません。

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