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現代社会は平等じゃない!? 真の「平等」とは何か?

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「平等」について考えたことはありますか?

平等(びょうどう、英: equality)とは、偏りや差別が無く、みな等しいこと。
出典:平等-Wikipedia

現代社会は平等であるとされていますが、果たして本当でしょうか? 私はそうは思いません。

職業差別や人種差別が未だ根強く、それに苦しむ人たちで溢れかえっているように感じます。

かの有名な福沢諭吉も『学問のすすめ』にて次のように述べています。

されば天より人を生ずるには、万人は万人みな同じ位にして、生まれながら貴賤上下の差別なく、万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの物を資り、もって衣食住の用を達し、自由自在、互いに人の妨げをなさずしておのおの安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。
されども今、広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥との相違あるに似たるはなんぞや。

特に、貧富の差は深刻ですよね。

裕福な家庭の子供は質の高い教育や多くの習い事を受けることができます。多くの機会に恵まれています。

逆に、貧乏な家庭の子供はそれが難しい。金銭面だけでなく機会にも恵まれません。不幸です。悲惨です。

子供は親と環境を選べません。貧しい家庭で育った子供は進路の幅が狭く、選択肢が限られます。 これが平等だとは思えません。現代は格差社会です。

では、真の平等とは何か?

今回はベストセラーにもなった著書『話を聞かない男、地図が読めない女』をもとに平等について考えていきます。

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平等とは自由に選べるということ

平等とは、やりたいことを自由に選べるということだ。

平等とは、誰もが自らの意志で自由に選べるということです。つまり、環境や金銭的都合など何事にも左右されず自分の意志でやりたいことを選択できること。これこそ、真の平等です。

例えば食事であれば、個人によって必要な量というのは違います。大食いの人もいれば、少食で十分な人もいます。その中間も然り。平等とは、自分で必要な分を選べるということなのです。

好みに関しても同じです。個人の趣味嗜好というのは異なります。食べ物でも何でも皆が同じものを好きになるというのは絶対にありえません。その逆も然り。好き嫌いは誰にでもあります。好き嫌いを通して、必要なもの・欲しいものを自分で選べることも平等です。

学校の給食のように皆と同じものを食べさせられる、制服やスーツなど皆と同じ服を着せられる、会社で皆と同じ仕事をさせられる、というのは平等ではありません。全員が同じように生きることを社会が強制しているだけです。

個人の意志が尊重されなければ、真の平等は成り立ちません。現代社会における平等というのは、社会による押し付けなのです。

男女の違いは不平等ではない

男女がちがうことは、不平等という意味ではない。

男と女という違いは不平等ではありません。性別が異なるだけで、個人としては平等です。

しかし、社会では男はこうで女はこうあるべきだという古臭い男女観が未だ蔓延しています。

女の子はピンク色の服を着せられ、お人形を与えられるし、男の赤ちゃんはブルーの服を着て、おもちゃの兵隊やサッカーボールで遊ぶ。女の子が泣くとやさしく抱きしめて慰めてもらえるのに、男の子は背中をぽんと叩かれて泣くんじゃないと言われるだけだ。

このように、社会は男女を型にはめたがります。これは時に、偏見・差別を助長します。このことも現代社会が平等ではないと言われる所以です。

男女に脳の違いはあるか?

昔から男と女では脳に違いがあるとされ、男脳と女脳とで分けられています。本書でも同じことを述べています。もちろん、男脳・女脳テストも載っていました。

男と女の脳はちがう方向に進化していき、その結果、情報の処理のしかたまで変わってきた。いまや男と女では、考えかたはもちろん、理解のしかた、優先順位、行動、信念までことごとくちがう。

しかし、最近の研究によって、男と女に脳の違いはほとんどないということが発表されました[1] [2]

本書のタイトルのように、男だから話を聞かない、女だから地図が読めないというわけではありません。男脳・女脳というのは思い込みにしかすぎず、ただ個人差があるだけです。

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まとめ:平等とは自由に生きることである

真の平等には誰もが自由に生きるということです。

社会の言う、個人の尊重というのは建前です。社会は均等な配分だとか、皆が同じ格好をすることを強制します。こういのは平等ではありません。個人の意志に関係なく社会の型にはめられているだけです。

さらに、必要なのは皆に平等な機会が設けられていること。学べる機会こそ与えられるべきです。

どんな職業分野でも機会は平等に与えられるべきだし、同等の能力を持つ人が同じだけ仕事をすれば、報酬も同額でなければならないはずだ。

貧富の差が大きく、ある種の偏見や差別も未だ根強い社会でこれを実現できるのはかなり先になるでしょう。

社会がそうなるのを待つのでは遅いです。固定観念から脱して自分なりの正解を見つけてください。
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