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階級・地位は関係ない!? 尊敬される人の5つの特徴

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尊敬する人はいますか?

尊敬【そんけい】
その人の人格をとうといものと認めてうやまうこと。その人の行為・業績などをすぐれたものと認めて、その人をうやまうこと。
出典:デジタル大辞泉

この手の質問に大半の人は歴史上の偉人または現代の著名人を挙げるでしょう。他にも自分の親、小説や漫画など創作上の人物を挙げる人もいます。

なぜ、あなたはその人を尊敬しているのですか?

著書『真理のことば・感興のことば』にて、ブッダ(仏教の開祖)は次のように言います。

悪い友と交わるな。卑しい人と交わるな。善い友と交われ。尊い人と交われ。

ブッダの言う「善い友」「尊い人」とはどのような人を指すのでしょうか?真に尊敬される人とは?

この記事では『真理のことば・感興のことば』をもとに、尊敬される人について考えていきます。

依存しない人

いかなることにもあくせくするな。他人の従者となるな。他人に依存して生活するな。

真に尊敬される人は他人に依存しません。

他人に依存している人は弱味に付け込まれます。一人では何もできない「卑しい人」だからです。

その結果、その人に従うがままになります。それに、その人が「悪い友」であれば最悪な状況が待っているでしょう。

あらゆる依存を断ち切って独立している人こそ自由であり、尊敬されます。

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努め励む人

つとめ励むのは不死の境地である。怠りなまけるのは死の足跡である。つとめ励む人々は死ぬことが無い。怠りなまける人々は、つねに死んでいる。

真に尊敬される人は怠ることなく、何事にも努め励みます。

別に「死ぬまで働け、苦労しろ」だとか「脳死で労働に従事せよ」と言いたいのではありません。

趣味でも何でも主体的かつ一生懸命になることが大切です。 一番良いのは自分の好きなこと・得意なことを見つけて、それに励むことです。

続けてブッダは言います。

たとい知慧は乏しくても、修行僧が戒しめを守ってよく心が安定するに至ったならば、怠ることなく清く生きるその人を、ことわりを知る賢者たちが称讃する。

知恵が豊富でも怠けている人は尊敬されません。逆に、知恵が乏しくても自分なりに努める人こそ尊敬されます。

何より、努め励むことは精神の安定です。心の健康に繋がります。努め励むことこそ幸せであり、自由です。

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妬まない人

自分の得たものを軽んじてはならない。他人の得たものを羨むな。他人を羨む修行僧は、心の統一安定を得ることができない。

真に尊敬される人は他人に嫉妬しません。というより、自らを他人と比較しません。

誰かを妬むというのは時間とエネルギーの浪費です。精神も安定しません。むしろ、他人を尊重し良い部分を参考にします。それこそ、自分のためになるからです。

また、自分が持っているものを大切にします。自ら手に入れたものはもちろん、他人に貰ったものも丁寧に扱い大事にします。これは自分も他人も尊重しているのと同じです。

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配慮できる人

善くない人々は、利益を得ようと願い、修行僧らのあいだでは尊敬を得ようとし、僧房にあっては物惜しみの気持を得ようとし、他人の家に行っては供養を得ようとする。

真に尊敬される人は自分の利益だけでなく、他人に配慮します。

確かに、自分の利益は大事です。でも、それだけでは「卑しい人」でしかなく、敵を作ります。味方をつけるためには他人への配慮も欠かせません。

そう、自分だけでなく他人のことも考えられる人こそ尊敬されます。付いた味方の存在がその証です。

さらに、ブッダは言います。

「在家の人々も出家した修行者たちも、つねにわたくしのことを知れ。およそなすべきこととなすべからざることについては、わたしの意に従え」―
愚かな者はこのように思う。こうして欲求と高慢とがたかまるのである。利益を得るよすがは、ニルヴァーナにいたる道とは異なっている。

*ニルヴァーナ=安らぎ、極楽浄土

愚者は自らの利益と欲望のためだけに権力を行使しようとします。逆に、賢者は階級や地位にこだわらず威張ることもありません。

権威主義でなく、他人を一人の個人として見る人こそ尊重に値する人です。

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贅沢しない人

つねに重衣をまとっているが飲食物と衣服と寝具と坐具を得る人は、多くの敵をつくる。

真に尊敬される人は贅沢をしません。というより、元から質素な人が大半です。

贅沢は敵を作ります。ただ、「節約しろ」とか「ケチれ」と言いたいのではありません。欲望に負けず道理に沿ってものの価値を判断することが必要です。世間に惑わされるなどして過度に浪費してはいけません。

さらに、ブッダは言います。

この(体)は、食べなければ生きてゆくことができない。食物は胸を静かならしめるものではない。食物は身体を存続させるためのものである。

わたしたちが生きていくうえで食べ物は必要です。でも、食事の目的は身体の存続だけでしかありません。

だから、食料は最低限で十分なのです。食事に心を奪われてはいけません。

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まとめ:尊敬される人はどこでも輝く

尊敬される人とそうでない人について、ブッダは言います。

善き人々は遠くにいても輝く、雪を頂く高山のように。
善からぬ人々は近くにいても見えない、夜陰に放たれた矢のように。

真に尊敬される人はどこでも、いつまでも輝き続けます。

現代社会では階級ばかりが重要視されがちです。その人の肩書きや地位の高さ、どのくらい富を築いているかに焦点が移ります。

確かに階級社会である以上、これらは尊敬と名声を得るためには必要でしょう。

一方で、一人の個人として焦点が当てられることは少ないです。中身よりも見かけが重視されます。

しかし、これが本当に正しいのでしょうか?

身近な例だと、会社などの組織で肩書きや地位を利用して威張っている人がそうです。そのような人が尊敬に値する人物だと思いますか?

私はそうは思いません。先ほどブッダが言ったように、愚者であるほど権威に固執します。権威にぶら下がっているだけです。

「善い友」「尊い人」を判断するには肩書きや地位ではなく、生い立ちや人格などに個人の特徴に焦点を当てる必要あるでしょう。権威に溺れず個人としての人間を重視している人ほど、真に尊敬される人に違いありません。

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