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私たちは常に束縛されている!? 悩みから解放されるためには?

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みなさんは何かに束縛されていると感じたことはありますか?

束縛(そくばく)
縛りつけて捕らえること。あるいは制限を加えて自由を奪うこと。
束縛-Wikipedia

誰でも束縛されるのは嫌なはずです。自由を奪われるのですから。

しかし、仏教の開祖・ブッダは言います。

この世は虚妄の束縛を受けていて、未来に変化する可能性のあるもののごとくに見られる。愚者らは煩悩に束縛されていて、暗黒に覆われている。
出典:『真理のことば・感興のことば』

この世は束縛で満ち溢れているとのことです。

誰しも自分は自由だと思っています。しかし、わたしたちが気付かないだけで実際は違うようです。愚者であれば、より強い束縛を受けています。

わたしたちを束縛するものとは?束縛から解放されるためには?

この記事では著書『真理のことば・感興のことば』をもとに、束縛について考えていきます。

他人への従属は束縛である

他人に従属することはすべて苦しみである。自分が思うがままになし得る主であることはすべて楽しみである。他人と共通のものがあれば、悩まされる。束縛は超え難いものだからである。

「他人に従属することは苦しみであり、束縛である」とブッダは言います。自分の意思でないことは束縛なのです。

現代であれば、学校への通学、会社への通勤がそうです。学校は社会制度によって、会社はお金を稼ぐために行かされているだけです。行く必要がなければ、誰だって行きません。行きたいと言う人がいたとしても、ごく少数でしょう。

学校では通学時間、授業、教師、部活、学校行事に縛られ、会社では通勤時間、満員電車、仕事、上司、残業に縛られます。家庭によっては毒親に縛られることもあるかと。

振り返ってみると、やはり苦痛だらけですね。わたしたちは学校・会社に束縛されていると言えます。

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欲望は束縛である

何物ももっていない人々は楽しんでいる。何物ももっていない人々は知慧の徳をもっているからである。見よ! 人々は人々に対してかたちが縛られ、何物かをもっているために(かえって)悩んでいるのを。

「欲望は悩みの種であり、束縛を生む」とブッダは言います。

例えば、高級品を買えば盗難や紛失を心配します。家を持てば空き巣や地震・火事を心配し、ローンに縛られます。車を持てば盗難や事故を心配し、自動車税とローンに縛られます。どれにしろ、心に余裕を持てずに束縛されるだけです。

続けて、ブッダは言います。

欲望によっては満足することがないから、明らかな知慧(ちえ)をもって満足するほうが勝れている。明らかな知慧をもって満足した人を、愛執が支配することはできない。

人の欲望には際限がありません。欲しいものを手にしてもまた別のものが欲しくなります。高級品や衣服はもちろん、旅行などの目に見えないものもそうです。

私の場合はゲームが当てはまりますね。1つのゲームを終えても、今度は別のものをやりたくなります。

とにかく、欲望は絶えません。決して満たされることもなく、わたしたちを束縛するだけです。

ブッダが言うように、必要なのは知恵(知慧)です。欲望に支配されず束縛されないためには知恵を高めるしかありません。

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恋愛は束縛である

たといかであろうとも、男の女に対する欲望が断たれないあいだは、その男の心は束縛されている。―乳を吸う子牛が母牛を恋い慕うように。

「恋愛は欲望だから、束縛である」とブッダは言います。

確かに、恋愛は相手に対する欲望です。相手に自分の心を縛られます。

さらに、ブッダは言います。

あれこれ考えて心が乱され、愛欲がはげしいのに、愛欲を浄らかだと見なす人には、愛執がますます増大する。この人は実に束縛の絆を堅固ならしめる。

「激しい愛は心を乱し、強固な束縛になる」と。

誰しも恋愛すれば結婚について考えるはずです。激しい恋であるほど、その傾向は強くなります。そして、こう考えるはずです。「これだけ愛しているのだから、結婚すれば幸せになれる」と。

しかし、実際は違います。結婚は幻想です。結婚は束縛でしかありません。

結婚すれば配偶者に、出産もすれば子供に縛られます。場合によっては姑などもそうでしょう。

また、家族を養うには多くのお金が掛かります。仕事してお金を稼がなければなりません。

やがて、自分ではなく家族のために仕事するという目的に変わります。誰しも家族がいれば、仕事は辞めにくいとでしょう。そう、仕事に束縛されてしまうのです。

このように、結婚は自らを束縛します。結婚は不幸だらけです。

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関連記事:結婚は不幸ばかり!?2つのデータで分かる結婚の真実

愚者は永遠に束縛される

愚人は束縛によって迷っているが、賢者は束縛を断ち切る。聡明な人は束縛を取りのぞいてここに神々と人間とのすべての束縛を断ち切って、あらゆる苦しみから解脱する。

ブッダが言うには、「愚者は束縛に迷い続ける」とのことです。

現代であれば、マスメディアがそうでしょう。

愚者はテレビ番組やCMの誘惑だったり、偏向報道や不要な情報に迷い続けます。欲望ばかりで価値判断ができないのです。よって、愚者は束縛から逃れられません。永遠に苦しむままです。

一方で、「賢者は束縛を断ち切る」とブッダは言います。

賢者は世間に惑わされずに、本当に価値あるものだけを取捨選択します。

必要なのは自分にとっての価値判断です。世間なんて幻想でしかありません。そう考えるからこそ、賢者は束縛を断ち切って苦しみから解放されるのです。

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まとめ:束縛からの解放を目指そう

わたしたちは世間に惑わされがちです。しかし、ブッダは言います。

この世では自己こそ自分の主である。他人がどうして(自分の)主であろうか? 賢者は、自分の身をよくととのえて、いかなる束縛をも断ち切る。

自分は自分です。所詮、他人は他人でしかありません。

賢者は自らの欲望を制御し、他人に左右されるのを避けます。必要な商品や情報を取捨選択し、孤独に歩むが故に他人に束縛されません。

さらに、ブッダは言います。

憂いをはなれ、あらゆることがらにくつろいで、あらゆる束縛の絆をのがれた人には、悩みは存在しない。

悩める人々のあいだにあって、悩み無く、大いに楽しく生きよう。悩める人々のあいだにあって、悩み無く暮そう。

あらゆる束縛を断ち切れば悩まなくなります。悩みがなくなってこそ、真の自由を手にするのです。

悩み無く自由に暮らすためにも、何者にも惑わされず自分の頭で判断しましょう。

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