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無意味で無駄ばかり!?5つのいらない伝統・文化

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「本当に当たり前のことなのか?」「なぜ、これが続けられているのか?」など、日本の伝統・文化に疑問を抱く人は少なくありません。

特に、海外出身の方は驚きを隠せないことも多いでしょう。

これらの伝統・文化は本当に必要か?続ける意味はあるか?

今回は不要だと思った伝統・文化を挙げて考察していきます。

 

年賀状

年賀状(ねんがじょう)とは、新年に送られる郵便葉書やカードを用いたあいさつ状のことである。

日本では多く取り交わされ、日本に近い韓国、中国、台湾にも似た風習がある。

これに対して、欧米などでは、クリスマス・カードやグリーティングカードで「クリスマスと新年のあいさつ」を済ませてしまうので、在外日本人を除き、年賀状の文化はない。

年賀状-Wikipedia

私は一度しか年賀状を作ったことがありません。中学で年賀状コンテストのことですが、本当に面倒でしたね。

毎年、両親が年賀状を作っているのを見ると「面倒くさいのによくやるな…」と思ってました。ホント、何のためにやっているのでしょうか?

新年のあいさつなんてSNSやメールで十分でしょうに。むしろ、現代ではLINEやTwitterで済ます人が多いと聞くくらいです。そっちの方が時間も労力も掛かりませんからね。

他にも、資源の無駄とかゴミが増えるといったことも挙げられます。メリットなんて皆無です。だから、年賀状なんて必要ありません。

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お中元・お歳暮

私はあまり知らないのですが、お中元は7月~8月に、お歳暮は11月~12月に送る贈答品のことを指すようです。

詳しく調べてみると細かいマナーなど非常に面倒くさそうです。

また、酷い場合だと使い回し・たらい回しをする人もいるようです。もう感謝なんて関係なく惰性でやっている人の方が大半ではないでしょうか?

金銭的負担も馬鹿になりません。これも無駄でしかも非合理ですね…

お酌

お酌とは他人にお酒を注ぐことを指します。飲み会に見られる文化で、年配の人ほど重視します。

私のように飲み物くらい自分で入れたい人からすればお酌は迷惑でしかありません。アルコールに弱い人であれば、なおさらダメでしょう。

それに、自分からお酌したいのならともかく実際は強要されることが大半です。これが一番悪しき風習です。

お子様じゃないのですから、自分の飲むものくらい自分で入れてください。

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スーツの着用

海外では会社でも私服で仕事をするのが主流のようですが、日本は未だスーツで仕事をさせる所が多いです。

夏の暑い時であってもほぼ毎日ワイシャツを着てネクタイを締める必要があります。これって窮屈だと思いませんか?

特に意味がないのならば、私服の方が楽で仕事しやすいはずです。それにも関わらず、なぜ頑なにスーツにこだわるのでしょうか?

まして、スーツもタダではありません。数万円は必要です。他にもクリーニング代だって掛かります。

実用的でない上に金銭的負担も大きいだけです。そうなると、スーツも不要だと言えます。

印鑑

役所に書類を出す時も、車や家を買う時も、遺産相続の手続きにも必要な「ハンコ」──。電子取引・電子申請が普及しても、なぜかなくならない。それどころか、直筆サインよりも、目の前にいる本人よりも、「ハンコ」が信用されることさえある。銀行などでは「これは登録されたハンコとは違います」と書類を突き返されることもある。

全日本印章業協会の中島正一・会長は、ハンコ文化は日本人の暮らしに深く根付いたものだと説明する。
「10年ほど前までは中国や韓国、台湾にも印鑑登録制度がありましたが、今も続くのは世界で日本だけ。日本人は一生のうち、平均5本のハンコを持つといわれています。…」

出典:時に面倒もある日本の「ハンコ文化」はなぜなくならない?-Newsポストセブン

日本の契約には基本的に印鑑の捺印が求められます。一方、海外ではサインで済むようです。

最近はPDFや電子印鑑など、スマホで決済できることも増えました。しかし、書類の場合は印鑑が必要であることばかりです。

簡単な書類ならば紛失や偽装されるリスクを考慮して署名の方が絶対に良いです。重要な書類も電子印鑑で済ませたいですね。

とにかく、日本のハンコ文化はたまったものではありません。先ほど言ったように印鑑はサインよりも偽装が容易で紛失もしやすいです。海外のサイン文化を見習ってください。

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まとめ:悪しき慣習は捨てて有意義な時間を

こうした不要な文化はわたしたちの時間やお金を蝕みます。惰性でゲームをやっているのと大差ありません。

また、思考停止に「日本はこうだから~ 」と考えるのではなく、海外の良いところを取り入れるべきです。

日本が遅れている間に海外は前進しています。文化・伝統にとらわれず、色々見習ってほしいものですね。

社会と生活の改善のためにも、わたしたちは常識や当たり前のことについて再度考える必要があります。常識を疑いましょう。

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